原爆と糖尿病(1)田口汎氏の記事分析1
前のエントリの続きです。
今回は、田口汎氏による劣化ウランに関するJANJANの記事に記述されていた、放射線被曝による糖尿病の増加に関する件です。
http://www.janjan.jp/world/0609/0609070806/1.php
http://www.janjan.jp/world/0609/0609100967/1.php
この増加が気になったのは、
- 今まで聞いたことがなかった。
- 増加原因が理解できない。
- 事実だとすれば、放射線を用いた検診等にもリスクがある可能性が出てきて、非常に大きな問題である。
からです。で、ネット検索と図書館で資料集めを開始したのですが、ネットでは無関係なヒットが多すぎて確たる情報は手に入らず、おまけに図書館は臨時休館でした。
というわけで、しばらくの間は田口氏の記事を分析します。とはいっても、これが難問で、なぜかというと事実と意見・推測とが峻別されていないため、記事から事実を抜き出すのが難しいからです。すなわち、意見・推測に過ぎないものがあたかも事実であるかのように記述されている、もしくは1つの事実を記述する際に自分の推測部分を含ませて、その推測部分までが事実であるかのように記述されているのです。記事は、田口氏自身の記述と、ローレン・モレ氏のメールの抄訳からなりますが、この事実・推測の取り扱い方の軽さというか、不用意さは両方の部分に見受けられます。
その典型例がニューヨークタイムズ記事の取り扱いです。
2カ所を引用します。
このメールは、大別して2部に分かれており、その第一部に当たる部分は、崩壊放射能(decay radiation)が惹き起こす「膵臓影響」による糖尿病の多発、特に「2型」と呼ばれる「インスリン非依存型糖尿病」が増加している地域に特性が見受けられる、ということをニューヨーク市公衆衛生局が指摘し、「ニューヨークタイムズ紙」が記事を掲載したという内容である。
添付した地図は、「ニューヨーク・タイムズ」紙が2006年1月9日付で掲載したもので、明らかに大気圏内核実験による「糖尿病増加」を示している。地図上で糖尿病の有意な増加を示しているガルフ・ステイトと呼ばれるメキシコ湾岸のテキサス、ルイジアナ、アラバマ、ミシシッピー各州は、「湾岸戦争」で使用された「劣化ウラン」が、強い偏西風に乗って運ばれたものである(* 注記田口:NASA発表写真に示されている)。
第一の引用文をふつうに読めば、「ニューヨークタイムズ紙」の記事の内容は、
『崩壊放射能(decay radiation)が惹き起こす「膵臓影響」による糖尿病の多発、特に「2型」と呼ばれる「インスリン非依存型糖尿病」が増加している地域に特性が見受けられる』、ということをニューヨーク市公衆衛生局が指摘した
と理解するほかありません。さらにその次の引用部分もあわせると、
大気圏内核実験と「湾岸戦争」で使用された「劣化ウラン」とが原因で、アメリカのメキシコ湾岸の州で糖尿病が多発している。この事実はニューヨークタイムズ紙が報じている。
としか、読解できません。しかし、ニューヨークタイムズ紙の元の記事を読めばわかりますが、この読解は間違いです。元に記事には、「大気圏内核実験」も「劣化ウラン」も「湾岸戦争」も出てきません。それどころか、メキシコ湾岸の州で有意に糖尿病が多いという記述さえないのです。ニューヨークタイムズの記事から、上記引用部分の事実と推測を弁別すると、次のようになります。
事実であるもの
- ニューヨークタイムズは、2型糖尿病が多発しており、その分布には地域性が見られることを、ニューヨーク市公衆衛生局が発表したと報じた。また、州別糖尿病発症率を示す地図を掲載した。
事実だが、不完全なもの
- 地図によれば、メキシコ湾岸のテキサス、ルイジアナ、アラバマ、ミシシッピー各州は、2型糖尿病の発症率が全米平均よりも高い。ただし、高いのはメキシコ湾岸の州だけではない。たとえば、ウェストバージニアは内陸の、しかも北の方の州であるが、ミシシッピと同程度に高い。また、それらの発症率の高さが有意かどうかは、記事からはわからない。
推測と思われるもの
- この2型糖尿病は、崩壊放射能(decay radiation)が惹き起こす「膵臓影響」によるものである、と田口氏は考えている。
- 地図は、明らかに大気圏内核実験による「糖尿病増加」を示している、とモレ氏は考えている。
- メキシコ湾岸の州には、「湾岸戦争」で使用された「劣化ウラン」が、強い偏西風に乗って運ばれた、とモレ氏と田口氏は考えている。
結局引用部分には事実が少なく、しかも放射線被曝とは関係のない事実なのです。こういう事実と推測をまぜこぜにすることで、読者の誤解を誘う記述方法は、私の性には合いません。というか、記事としてこういう方法が許されまいとおもいます。おそらく意図的ではないとは思うのですが、そうだとしても田口氏の経歴から考えると、ちょっとお粗末ではありますまいか。余計なことですが。
参考までに、ニューヨークタイムズに掲載された地図を本日の画像として載せておきます。