韓国海軍レーダー照射問題

本記事の概要です。

2018年12月20日に日本が韓国の軍艦から日本の哨戒機が火器管制レーダーの照射を受けたと発表しました。一方、韓国はそれに反論した上で、さらに2019年1月23日に韓国軍艦が日本の哨戒機の威嚇飛行を受けたと発表しました。韓国国防省は、その証拠としてレーダー観測結果を示しました。本記事では、その証拠、特にレーダー観測結果に関する疑問を述べます。

最初に疑問点をまとめておくと、

 1.韓国が使ったレーダーって、そもそも高さ方向の精度が12°しかなく、60mを検知できるとは思えない。いったい、レーダー画像の高度は何を元にした情報?
 2.韓国の情報が正しければ、哨戒機は60mの超低空飛行で180°の旋回をしたことになるが、不自然では?

の2点でございます。2はややこしい話なので、最初の疑問だけでも読んでいただいて、答えに繋がる情報をいただければ幸甚でございます。

 


韓国海軍のレーダー照射問題は、日本政府と韓国政府の主張が真っ向からぶつかっており、芥川龍之介の藪の中みたいで興味をそそられています。また、サスペンスものの、(基幹となる設定には使えないとは思いますが)サブテーマもしくは一場面の設定に使えそうな事例であり、推理小説的興味も惹起されているところです。

対立点は事実認識や交渉過程など複数あるのですが、私が興味をそそられているのは、次の2点です。

・火器管制レーダーを、探知した(日本)、照射していない(韓国)
・540m離れた高度150mの飛行は、通常の哨戒である(日本)、威嚇である(韓国)

の2点です。これらの点について拙論があるのですが、今日はそれは置いておきます。


さて、最近になって後者の点について、韓国側から大強度で問題提起がなされました。

日本のP-3C哨戒機が、韓国の海軍艦艇に対して、再度近接威嚇飛行を行ったというものです。場所は、朝鮮半島の南西、東シナ海中にある岩礁離於島(イオド)」付近で、距離0.3海里(550m)、高さ200フィート(60m)だったという主張です。

これに対して、日本側は距離1000m、高度150m以上の通常の哨戒飛行であったと反論しています。

韓国政府は、上記の証拠として、写真、赤外線画像、レーダー画像を公開しました。このうち、写真と赤外線画像は海面が写っていないので高さを知るための情報は得られません。したがって、韓国側の直接的証拠は、レーダー観測の結果となります。

ちなみに、動画も撮影していているが、時間が短いので、公開しなかったとのことです。

また、韓国はこの事例に先立って、
・1/18 距離1.8km、高さ60-70m
・1/22 距離3.6km、高さ30-40m
の2つの近接威嚇飛行があったとも発表しています。

さてさて、ここからが本論です。

レーダー観測結果は2枚提示されています。高度が表示されているので、3次元レーダーによる結果です。
2枚の画像には、②-①と③-①と番号が振られています。それぞれには、
②-①
・方位185°、距離0.70海里
・北緯31°59.9分、東経123°42.6分
・高さ200フィート
③-①
・方位143°、距離0.30海里
・北緯32°00.3分、東経123°42.9分
・高さ200フィート
との表示があります。③-①が最接近とされるデータです。緯度経度の情報から、②-①は③-①の北東約1km離れた位置になります。また、どちらも検知した高度は200フィート(約60m)です。

最初の疑問です。

高さの表示があると言うことは、これらは高さが検知できるレーダーによる結果です。当該韓国海軍艦艇には一つしか探査用の3次元レーダーが搭載されていませんので、これらを取得したレーダーはおそらくMW-08だと思われます。このMW-08ですが、ネットで集めた諸元を見る限り、高度については非常に低精度な情報しか得られないはずです。

その性能は、こちらに記述されています。
https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a233492.pdf

3次元レーダーですので、位置に関しては距離、横方向の方位、高さの3つの情報が得られます。先の資料に横方向と距離については分解能が記載されています。

Resolution
 In beaing 2° (横方向分解能)
 In range 90 m (距離分解能)

しかし、高さの分解能はありません。これを考えるのに、注目すべきはレーダービームの大きさです。横方向の幅(Horizontal bandwidth)が2°、高さ方向の幅(Vertical bandwidth of pencil beams)が12°です。

私のレーダーの理解が正しければ、概ねこれが横方向と高さ方向の分解能となります。実際、上記の横方向分解能はビームサイズと一致しています。

資料には、高さ方向の分解能は明示的には記載されていません。ネットで見つけた他の情報にも記載はありませんでした。一方、上記の資料には、高さの追尾精度(Tracking accuracy in elevetion)が1.2°と記載されています。これの意味が分かりませんが、1.2°は十分に小さい数字なので、気になります。

そこで、高さの精度を検討するために、上記資料から高さ検出に関する記述を引用します。

The antenna is an array, consisting of 8 stripline antennas. The received radar energy is processed by 8 receiver channels. These channels come together in the beam forming network, in which 8 virtual beams are formed. From this beam pattern, 6 beams are used for the elevation coverage of 0-70 degrees.

これから、0-70°の高さ範囲を6つのビームでカバーしていることが分かります。これに対応する情報として、TECHNICAL DATAには、

Elevation coverage  70°
Number of pencil beams  6
Vertical width of pencil beams  12°

との記載があります。範囲70°を6で割ると概ね12°となり、高さのビーム幅と一致します。この記述からは、高さの分解能は12°であり、しかも6±6°、18±6°、30±6°、42±6°、54±6°、66±6°の6区分でしか検知できないように思われます。
結局、高さの追尾精度1.2°が何なのか分かりませんが、先に引用した原理から考えると、とにかく高さの分解能は12°で、70°を6分割でしか検知できないことはまず間違いないでしょう。

12°の分解能は、長さに換算すると、
・距離550mで、114m
・距離1280mで、226m
・距離1.8kmで、374m
・距離3.6kmで、749m
となります。

韓国は、
・距離550m、高さ60m(仰角6.3°)
・距離1280m、高さ60m(仰角2.7°)
・距離1.8km、高さ70m(仰角2.2°)
・距離3.6km、高さ40m(仰角0.6°)
を客観的に計測したと主張していますが、レーダーではとても検知不可能な高さです。特に、仰角0.6°なんて、測りようがありません。どうやって測ったのでしょうか? それだけでなく、そもそも哨戒機は3.6kmも離れているのに、なぜ40mという危険な超低空飛行をする必要があるのでしょうか? とても不自然です。

もう一つ、不自然に思うのが、レーダー画像では、方位・距離と、高さの情報が別の位置に表示されている点です。方位・距離・緯度経度が画面上部に表示されているのに対し、高さだけは画面下部に表示されています。方位と距離、およびそれから換算可能な緯度経度は明らかにレーダーによる計測結果ですから、高さ情報が別の位置に表示されているということは、高さはレーダーによるものではないことを意味しているように思えます。

このように、韓国が主張する高さはレーダーでは検知不可能な数値であり、また表示位置から高さ情報はレーダーで計測したものには思えません。

では、いったいこの高さ情報は何なのでしょうか? 私が唯一考えついたのは、哨戒機そのものが衝突防止のために自動的に発信している情報です。航空関係は全く知らないのですが、衝突防止システムがあるはずで、そのシステムでは、哨戒機自身が高度情報を発信する必要があります。その高度情報が気圧高度計によるものであり、かつ当時の気候が低気圧であれば、精度の低い高度情報を韓国軍艦が受信するという可能性が十分にあると思われます。また、レーダー画面で、高度だけが別の位置に表示されていることも不自然ではありません。


2つめの疑問は、超低空で180°旋回をしているように思える点です。

③-①が韓国の主張である距離0.3海里、高度200フィートの威嚇飛行の証拠です。日本哨戒機は、③-①では韓国軍艦に対して方位145°、すなわち概ね後方のやや右側にいます。一方、②-①では、概ね韓国軍艦のほぼ真後ろ(方位185°)の距離0.7海里離れたところにいることになります。また、緯度経度からこの位置は、③-①の最接近位置から北東の方向で、距離約0.4海里(約1km)離れていることが分かります。不思議なことに同じ超低高度となっています。

さて、哨戒機の行路ですが、朝鮮日報の記事に情報が載っていました。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/01/23/2019012380154.html

 

f:id:Baru:20190205191547j:plain

 

それを見ると、

 A.哨戒機は進行方向を南西から東に変えた後、軍艦がいるエリアに向けて飛行、
 B.一度軍艦の北側の十分離れたところを東に通り過ぎ、
 C.5~8km離れたところで、180°右旋回して軍艦に東南東から最接近、
 D.軍艦の手前で少し左旋回して進行方向を西に変え、
 E.軍艦の北側の近いところを西に飛行し、その途中で最接近(③‐①)
 F.軍艦から西に2~4km離れた位置で南にむけて180°旋回、
 G.軍艦を回って軍艦の2~3km南を東方向に抜ける形で離れ、
 H.軍艦から10km以上離れたところで北西に向けて左旋回
 I.少し行ったところで180°右旋回して、南東方向に飛んで現場を離れる

という飛行を行っています。先に述べたように、②-①は、③-①の最接近位置から北東に位置します。北東に位置することから、②-①は、B、H、Iのいずれかの途中です。このうち、距離0.4海里を満たしそうなのは、Bしかありません。

とすると、超低空飛行のまま、180°を含む複数回の旋回をしていることになります。こんな危険な飛行をするとは思いにくいので、行路が正しいとすると高度情報が不自然です。なお、危険というのは軍艦にとってではなく、哨戒機にとってです。念のため。


韓国の海軍関係者には、上で述べたような疑問や不自然さが分かる人が多数いるはずです。なのに、レーダー画面の情報を決定的証拠として提示するのは、意図的に偽ろうとしているとしか思えません。仮に、意図的でないとすれば、とんでもなく間抜けに見えます。
ついでに言えば、韓国政府とマスコミにも同じ事がいえます。